小欧视频


ホーム > 碍础闯滨惭础ダイジェスト > February 2016:幸せの建筑术

碍础闯滨惭础ダイジェスト

幸せの建筑术 人類の叡智を再考する 第2回 モンゴル 绊を强める移动式住居

厳冬に耐える移动式住居ゲル

飞行机でモンゴルへ入ると,まず広大なゴビ砂漠が目に入り,やがて窓の外には息をのむほどの美しい草原が広がる。草原には多くの川が流れている。モンゴル北部全域には网の目のように川が流れ,そのほとんどが隣国ロシアのバイカル湖に注ぐ。それらの川には鮭が溯上し,イトウという幻の大鱼もいるため,日本からも钓り好きが集まる。

飞行机が下降していくと,草原の中に米粒のような白い点が数多く点在しているのに気がつく。放牧を営む游牧民の「ゲル」(モンゴル语で住居)である。中央アジア,アラビア半岛,アフリカの北部,南米のパンパ高原などに,今でも多くの游牧民が存在するが,モンゴルのような冬に気温がマイナス40℃にもなる地域で移动式住居に住む游牧民は珍しい。

図版:地図

改ページ

モンゴルの游牧民は家畜のための草を求めて春夏秋冬,年に约4回移动していく。そのため一绪に移动する住居も軽量なものでなければならず,组立ても解体も容易なテント式住居が生まれた。軽量でも强い柳の木からつくられた最小限の部材で骨格を组み,厳寒の気候に耐えるよう屋根,壁をすべて分厚いフェルトで覆う。その上にフェルトを湿気から守るトトプレスと呼ばれる白い布を载せる。阳射しの强い夏と厳寒の冬には,フェルトの枚数で室内の温度を调整する。

写真:雪に囲まれたモンゴルの「ゲル」。厳寒の冬が访れる地域で移动式住居に住む游牧民は,世界でもまれな存在

雪に囲まれたモンゴルの「ゲル」。厳寒の冬が访れる地域で移动式住居に住む游牧民は,世界でもまれな存在

改ページ

组立ては30分

ゲルの骨组みは,南京玉すだれのように折りたたんで持ち运べる。まず骨组みをつないで円形の壁をつくり,中央に2本の柱を建てる。その上に留め具のリングを载せ,放射状に棒をかけ屋根をつくる。扉が唯一の赘沢といわれ,凝った意匠のものを见かけることがある。他の部分は一绪なので,扉がその家の特色を出す重要な役割を果たす。最后に南の开口に扉を付けて入口として完成である。

ゲルは大地に直接置かれるが,极寒の大地から守るため,床には断热材として马や牛のフンを乾燥させたものを地面に敷き,その上に布やフェルトを敷き詰める。中央には暖房や料理のためのストーブが置かれるが,臭いのきつくない牛粪はその贵重な燃料にもなる。通常,モンゴルの人たちはこれらの解体,组立てをなんと30分ほどで行ってしまう。

室内の家具の配置には厳格なルールが存在する。正面にはチベット仏教の祭坛が置かれ,向かって左侧は猟や游牧のための道具などが置かれた男性の空间,右侧は料理道具が置かれた女性の空间である。

平面は直径5~6尘ほどの円形であるが,実际に内部で生活してみると思ったより広く感じ,それほど圧迫感や闭塞感がない。円という形状のせいかもしれない。世界でも珍しい窓のない住居だが,外の様子は风のそよぐ音や草のなびく音,家畜の动く音などにより手に取るように分かるし,天窓からは自然光もふんだんに入ってくる。

この狭い空间に5~6人の家族が同居する。日本のような个室群の住居に比べると家族の関係は浓密といえる。日本では失われつつある家族の强い绊がここにはある。

図版:夏の間は馬乳を発酵させた「馬乳酒」だけで栄養補給をする,ゲルの室内,折りたためる壁の骨組み(左)と,屋根をつくるリング状の留め具と放射状の棒部材,骨組みの上にフェルトを重ね,その枚数によって室内の温度を調整する

改ページ

隣家とのコミュニケーション

彼らは限られた空间を実に巧みに使い,最小限の家具や生活用具しか持たない。1家族でゲルを含んで300办驳ほどが全财产。これはラクダ1头が运べる限度だそうだ。空间の有効利用と游牧のために,ゲルに住む人々の整理整顿术は,现代人の我々と比较するとはるかに优れている。

家畜のための草原の広さを确保しようとすると,隣家とはどうしても2~3办尘离れてしまう。草原にぽつんと建つゲルを见ると,我々は孤独感や哀愁を感じてしまうが,じつは强いコミュニティがつくられている。それを可能にするのがモンゴルでは谁もが子どもの顷から乗りこなせる马という交通手段と,3.0以上の惊异の视力。隣家までは数分で行けるし,ゲルの様子も互いに见えているのだ。最近では携帯电话やインターネットも普及し,コミュニケーションはむしろ浓密である。

写真:扉は唯一赘沢につくられ,各家の特色が出る

扉は唯一赘沢につくられ,各家の特色が出る

写真:モンゴルでは誰もが子どもの頃から馬を乗りこなせる

モンゴルでは谁もが子どもの顷から马を乗りこなせる。そのおかげで数办尘离れた隣家も“ご近所”の范囲だ

改ページ

21世纪のゲルをつくる

1995年,モンゴル建筑家协会から21世纪のゲルを共同で开発できないかという提案があった。当时モンゴルの山岳地帯で大规模な山火事があり,ゲルの骨格をつくる柳の木が大幅に减少してしまっていた。さらに移动用にゲル自体をもっと軽くしたいという要望もあった。

そこで日本の建筑家たちで有志を募り,私の他に内藤广,古谷诚章,今川宪英の诸氏,太阳工业が参加して试作品を完成させ,大阪?千里の国立民族学博物馆で展示,シンポジウムを行った后,いよいよマイナス40℃の厳寒のモンゴルに持ち込んで组み立てた。骨组みは触っても热くも冷たくもないアルミで作成。シートには断热性を持たせた。しかし我々のゲルは期待したほど寒さを十分にしのぐことができなかった。自然はそう甘くない。厳しい自然を知り尽くしたモンゴルの草原の游牧民の叡智の深さに脱帽した。

写真:アルミの骨组みと断热性シートで制作した21世纪のゲル

アルミの骨组みと断热性シートで制作した21世纪のゲル

大都市に定住する游牧民

それ以来,モンゴルの草原に行くたびに何の前触れもなくゲルを访问したものだが,ほとんどの游牧民が暖かく迎えてくれた。ある家族を访れたとき,最后に记念写真を撮ろうとすると夫妻は隣のゲルに移り,なかなか出てこない。しばらくすると完全に正装し,あでやかな衣装で现われて我々を惊かせた。物を极力持たないといっても,お洒落は别なようである。

今モンゴルの大都市では定住する游牧民が増えている。収入もなく,ゲルのまま都市に住んでいる人たちもいる。インフラも整备されておらず,不卫生でスラム化した地域が现れ,新たな都市问题となっている。しかし,国土南部に広がるゴビ砂漠は地下资源の宝库といわれる地。草原の游牧生活の中で培ってきた自然との共生术や人々の绊を生かしながら新たなモンゴルを切り开いていってほしいと愿うばかりである。

写真:あでやかな正装姿

あでやかな正装姿

改ページ

古市流 地球の歩きかた

モンゴル国国旗
(惭辞苍驳辞濒颈补)

面积:156万4,100办尘2(日本の约4倍)
人口: 約299万人
首都: ウランバートル

羊は一绪に移动する食料

羊の肉料理は,まずぶつ切りにした肉を,豚や牛などの内臓の皮をなめした大きな袋に入れ,水と栄养いっぱいのモンゴル岩塩を加えた后,焼いた石をその中に入れ,それを男たちが持ち上げぐるぐるとしばらく振り回す。でき上がった羊の岩塩蒸しは,野性味が强くうまい。モンゴルチーズともよく合う。

チンギスハンの时代,世界制覇に向かう远征で,羊と共に移动することは大事な食料と一绪に动けることを意味した。ロシア,ハンガリー,シリアなどまで侵攻できたのは羊のおかげなのである。

写真:羊は一绪に移动する食料

地平线から立ち上がる天の川

かつてゴビ砂漠で见た夏の夜空は忘れられない。空を遮るものが一切なく空気も澄んでいるので,日本で见るよりも天の川がはるかに幅広く,星群も浓密に感じられた。ミルキー?ウェイとはよく言ったもので,真っ白な天の川が,大地から反対侧の大地へ沉むその姿は必见である。

游牧民は歌がうまい

人が集まるとアルヒという强い酒が出される。蒸留酒で,家畜乳由来のシミンアルヒと穀物由来のツァガーンアルヒの2种类がある。

宴たけなわになると歌が出る。游牧民はみな歌がうまい。「故郷を想う歌」など,次々と歌い手が入れ替わりながら,美しいメロディを朗々と自信をもって歌う姿は感动的である。草原でも放牧しながら歌っているのだろうから,ますます磨きがかかる。

古市彻雄(ふるいち?てつお)
建築家,都市計画家,元千葉工業大学教授。1948年生まれ。早稲田大学大学院修了後,丹下健三?都市?建築設計研究所に11年勤務。ナイジェリア新首都計画をはじめ,多くの海外作品や東京都庁舎を担当。1988年古市彻雄都市建築研究所設立後,公共建築を中心に設計活動を展開。2001~13年千葉工業大学教授を務め,ブータン,シリア調査などを行う。著書に『風?光?水?地?神のデザイン―世界の風土に叡知を求めて』(彰国社,2004年)『世界遺産の建築を見よう』(岩波ジュニア新書,2007年)ほか。

ホーム > 碍础闯滨惭础ダイジェスト > February 2016:幸せの建筑术

ページのトップへ戻る

ページの先頭へ