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CASE 2 生活をつなぐ復旧

被灾地では空港や鉄道,高速道路などの
広域交通网が被害を受けた。
工场や仓库などの产业基盘も
被灾によりその机能が停止。
失われた生活の基盘をいち早く取り戻すために,
当社は昼夜を彻して復旧にあたった。

地図

運行再開までの一筋の険しい道程 JR東日本東北新幹線復旧工事

延长70办尘の现场

3月11日の地震では,东北新干线に営业走行中の车両の脱线はなく,人身事故も皆无だった。しかし,新干线の施设が受けた被害は,全体で约1,200ヵ所に上る。そのうち约540ヵ所が,架线を支える「电化柱」の折损,倾斜やひび割れだった。早期復旧と运転再开を目指す闯搁东日本から,震灾発生直后に当社へ復旧工事の依頼があった。

当社が担当したのは,郡山駅南側から宮城?福島の県境までの高架橋区間の約70km。東北新幹線は,復旧状況にあわせた段階的な運行再開で,一刻も早い工事完了が求められ, 工期に余裕はない。工事内容はおもに,電化柱の取換え(約20本)と傾いた電化柱の起こし(約60本)。3月18日に復旧工事のための調査を開始し,22日に工事に着手した。

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写真:电化柱。被灾直后(国见工区)

电化柱。被灾直后(国见工区)

写真:復旧完了した电化柱

復旧完了した电化柱

工事を轨道に乗せるために

施工は,南侧から顺に郡山,福岛,国见の3工区に分割。最盛期には3工区合计で社员30人?作业员150人を动员し,早期復旧を目指した。

高架桥に上る入口は约5办尘间隔。施工场所は入口から2?3办尘离れていることもあり,一人1日最低10办尘は歩くという。そのため资机材を的确に工事箇所に供给する段取りが重要となる。

各工区では轨道上を走行?作业できる轨陆车が导入された。各系统の復旧作业が,狭い高架桥上で辐輳している。担当工事が终わっても,ほかの工事が终わらなければ次の施工场所に移动できない。そのため,最后は资机材を手押し车に载せて徒歩で移动することで対応した。

写真:异工种の轨陆车が轨道上に并んで作业する

异工种の轨陆车が轨道上に并んで作业する

写真:油圧ジャッキで1本ずつ电化柱を起こしていく

油圧ジャッキで1本ずつ电化柱を起こしていく

被灾地で働くということ

3月30日,奋戦する各工区の工事所长を激励するため,东北支店干部が现场に向かった。

国見工区の小嶋寿麿所长は,「通常の工事とは勝手が違い,施工場所を取り巻く环境も被災しているという悪条件が前提」という。近くに工事事務所はなく,高架橋上の作業で天候が崩れれば,雨露もしのげない。郡山工区を担当した金泽亮一所长は,「パソコンも何もない状況で,携帯電話から入る膨大な情報の処理に追われていた」と振り返る。

3つの工区を統括した远藤哲朗土木工事部长が心配していたのは, 社員の健康状態だった。新しく社員を送り込んでも,交替要員にはならず,全員が現場に張り付く形となり,24時間体制で工事が行われた。「関西支店や北陸支店から応援に駆けつけた社員は,阪神?淡路や中越の震災で世話になったという思いが強く,休みなく働き続けてくれた」と感謝する遠藤土木工事部長。「現場そのものに一体感があった。今回東北支店が受けた恩義を忘れてはならない」。

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写真:小嶋寿麿所长

小嶋寿麿所长

写真:金泽亮一所长

金泽亮一所长

写真:远藤哲朗土木工事部长

远藤哲朗土木工事部长

被灾后50日での全线復旧

4月7日に宫城県冲で発生した最大震度6强の余震により,新たな被害が生じる。别工区の復旧工事も追加された。それでも当初の工期ですべての復旧工事が完了し,震灾から1ヵ月过ぎた4月12日,那须塩原?福岛间が开通。25日には东京?仙台の运行も再开し,大型连休初日の29日,被灾后50日で东京?新青森の全线がつながった。

写真:运転再开でにぎわう东北新干线?仙台駅ホーム

运転再开でにぎわう东北新干线?仙台駅ホーム

48時間の施工で動脈をまもる NEXCO東日本常磐自動車道いわき復旧工事

福岛県浜通りを震源地とするマグニチュード7.1の余震が,4月11日夕刻に発生した。

常磐自动车道いわき勿来(なこそ)滨颁の北约3办尘(福岛県いわき市)において,切土法面が约4,000尘3崩壊。4车线のうち3车线が崩落した泥岩に覆われ,通行不能となった。

常磐自动车道は,福岛県太平洋沿岸地域の紧急车両などの重要动线となるため,いち早く復旧が求められる。狈贰齿颁翱东日本东北支社からの要请で,当社东北支店より12日早朝现地に駆け付け,现场调査を行った。

问题点が2つ。崩落土の中に车が埋もれている可能性があることと,崩落上部にある27万ボルトの鉄塔の基础杭4本のうち3本が崩落で露出していることだった。関係机関と慎重に协议のうえ,安全かつ的确で迅速な復旧方法をすぐに决定した。担当した常磐自动车道石神工事事务所の田口浩己副所长は,?计画図もない状况で,その场で判断しなければならなかった?と紧急対応の难しさを振り返る。

特别紧急车両用の1车线の确保,鉄塔の転倒防止策を讲じたうえで,午后4时本格的復旧工事を开始した。重机5台,ダンプトラック40台を紧急配备して,昼夜作业に入る。全作业无事に完了し,着手からわずか48时间,14日午后4时には“大动脉”が復活した。

写真:田口浩己副所长

田口浩己副所长

写真:被灾直后

被灾直后

写真:工事中の様子

工事中の様子

写真:復旧完了

復旧完了

一日も早い生産再開のために ルネサスエレクトロニクス那珂工场復旧工事

震灾の影响は,东北地方にとどまらず関东地方にも広く及んだ。地震で大きな被害を受けたルネサスエレクトロニクスの那珂工场(茨城県ひたちなか市)。当社は,復旧対応の要请を受け,発灾の翌日に现地入りした。

建屋の构造体は健全だったが,システム天井が落下し,防火区画壁が破损するなど,仕上げ材?构造二次部材が损壊。世界シェア3割を夸る组込型マイコンの生产ラインが停止した。

最優先での復旧を必要としたクリーンルーム内部については,当初見込みを1ヵ月以上短縮し,4月10日の完了が求められた。関東支店のみならず,中部,東京建築の各支店へ支援を仰いで人員を増強。特に4月5日?10日の6日間は, 最大で社員40名?作業員約900名の編成により,24時間体制で復旧作業に対応した。

工事を担当した凑刚史工事所长は,「顾客と筑いてきた强い信頼の下で成し得たことだが,様々な力を束ねて得意先の要求に応えて施工した当社の総合力は絶大だった」という。

6月より顺次生产ラインが再开していく予定だ。

写真:ルネサスエレクトロニクス那珂工场

ルネサスエレクトロニクス那珂工场

写真:クリーンルーム内部の破损状况

クリーンルーム内部の破损状况

写真:復旧完了したクリーンルーム

復旧完了したクリーンルーム

写真:仮设资材が不足する中で,大势の作业员の休憩所にはテントが设営された

仮设资材が不足する中で,大势の作业员の休憩所にはテントが设営された

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