津波がきたよ,早く逃げて,早く逃げて――。「たろう観光ホテル」の6阶で撮影された津波映像には,この叫び声とともに,黒い波が,防潮堤を一瞬で壊し,まちをのみ込んでいく様子が映っている。声の主は,同ホテルの松本勇毅社长。宫古市田老地区は,几度も津波被害を経験し,高さ10尘の长大な二重防潮堤を筑き,津波防灾のまちとして全国的に知られていた。「大地震が来れば避难する,田老の人は分かっていたはずです。しかし,200人近い死者?行方不明者を出してしまったのは,津波の本当の恐ろしさを认识していなかったからだと思うのです。生き残った者として,生きている限り津波の恐ろしさを伝える责任があります」。现在,松本社长は,高台に移転した「渚亭たろう庵」で,観光客に自ら撮影した津波の映像を见てもらい,かけがえのない命を守るために,避难が如何に大切かを伝え続けている。

「たろう観光ホテル」は4阶まで浸水し,1?2阶は柱のみを残して流失した。2013年11月,国がはじめて震灾遗构として保存することを决めた※

写真右侧にも高さ10尘の长大な防潮堤があったが津波により崩壊した※

津波の恐ろしさを伝える松本勇毅社长※
同じように,宫古市田老総合事务所の齐藤清志主査は,全国から被灾地のことを学びにくる児童や生徒に,震灾时の状况や仮设住宅での生活などについて语っている。自宅は,たろう観光ホテルの目の前にあり,基础を残して全て流されたが,妻と2人の子ども,母亲は避难し,家族は全员无事。大きな地震が来たら,すぐに避难すると决めていたことが幸いした。自身は,职场である给食センターにいた。激しい揺れで机械が故障したが,翌日には修理を手配し,毎日5,000个のおにぎりを作り1ヵ月にわたり被灾者に届け続けた。避难所で生活を送りながらのことである。现在もプレハブの仮设住宅での生活が続く。「ここで起きたことは,どこでも起こり得ることだと思って欲しい。大地震に遭遇したら,まずは命を守るために安全な场所に逃げること,1日分でも良いから食粮と水を持っておくこと,命さえあれば何とかなる」と,次世代を担う子どもたちに伝えている。

宫古市田老総合事务所の齐藤清志主査※
震灾から1年が経った顷,齐藤主査は地域振兴担当として,復兴まちづくり事业に関わることになる。地元地権者とのコミュニケーションを积极的に行い,事业の説明や用地买収の交渉などにあたった。「当初は,様々な思いが交错して意见を集约するのに苦労しましたが,“早く再建しないと,田老が田老でなくなる”という気持ちで,交渉にあたりました。そして,田老の人たちには,几度もの津波被害から復兴を遂げてきているのだから,自分たちにもできる,という力强さが根底にあったと感じます」。他の自治体関係者が惊くほどのスピードで,住民の同意が进んだ。
復兴まちづくり事业は,宫古市が都市再生机构(鲍搁)に委託するかたちで,中心部の土地区画整理事业および高台の防灾集団移転促进事业が进められている。当社闯痴は颁惭方式による工事全般にかかる総合的なマネジメントを受注した。现场を指挥する斉藤広所长は,2013年7月の着工时に赴任。入社以来40年以上にわたり,东北各地で宅地造成やダム,トンネル现场を経験してきた。宫古市出身だが岩手県の工事は初となる。「この事业が遅れれば,田老で生活再建を考える人は少なくなってしまう。故郷を復兴するという気持ちで工事にあたり,ゼネコンが培ってきたマネジメント技术をフル活用してきました」と语る。スピード感と确実な施工の両立を心掛け,调査,测量,设计,施工などを総合的に行い,通常4?5年ほどかかる大规模事业を2年半に短缩。昨年11月には「田老まちびらき记念式」を迎えることができた。「地権者や地元业者など皆さん协力的で助けられました。齐藤主査はじめ宫古市の职员や鲍搁の方々が良好なコミュニケーションを筑いてくれたおかげです」(斉藤所长)。

斉藤広所长(右)と酒井健司课长※
高台の宅地“叁王団地”の造成が进むにつれ,ある変化が生まれたと齐藤主査は话す。「最初は现地を见学しても,皆ここに住めるのかと心配そうでした。造成が始まったばかりの顷は,荒れた山のようでしたから。それが段々と宅地になっていくと,具体的なマイホームの话になる。疑心暗鬼な颜が笑颜になっていったのです。何度も见学会を开催して,田老が再建する姿,新しい田老を见せてくれて感谢しています。本当に早かったという印象です」。
现场见学会,视察は260回余りを数える。当社闯痴の酒井健司课长は,现场事务を担当しながら,対外的な调整役を务めてきた。「住民の方々の生活に直接つながる仕事にやりがいを感じます。そして,地元の子どもたちを案内すると,目を辉かせながら现场で働く人や重机を见つめてくれる。建设业を选んで良かったと思える瞬间に何度も出会いました」。子どもたちの感想文には,こんな言叶が缀られていた。〈全国各地から田老のために働きにきてくれていることに感谢しなきゃなと思いました〉〈仮设に住んでいる人たちも,もうすぐ高台に家を建てて暮らすことができます。ありがとうございます〉〈私たちも田老のまちが復兴できるよう顽张りたいと思います〉
闯痴职员一同が,胸を热くしたという。

高台の防灾集団移転促进事业。宅地造成を终え,次々に住宅が着工している。大津波にも耐えた叁王岩にちなみ「叁王団地」と名付けられた※

上空からみた田老地区。写真手前が「叁王団地」
写真:现场撮影

昨年11月22日,宅地造成や灾害公営住宅などの完成にあたり「田老まちびらき记念式」が行われた
写真:现场撮影
※写真:大村拓也
宫古市田老地区震灾復兴事业の工事施工等に関する一体的业务
- 场所:
- 岩手県宫古市
- 発注者:
- 都市再生机构
- 受注者:
- 小欧视频?大日本コンサルタント宫古市田老地区震灾復兴事业共同公司体
- 业务内容:
- 调査,测量,设计及び施工の一体的マネジメント
- 规模:
- 田老地区の市街地 約19ha,乙部団地(仮称)約25ha
- 工期:
- 2013年6月~2016年8月




