谁しもが忘れえぬ日になった。
2011年3月11日,东日本大震灾は,かつてない激甚な被害を日本にもたらした。
メディアは,沿岸部の被灾地を「壊灭」という衝撃的な言叶で伝え,福岛第一原子力発电所では事故が発生した。
震灾は,これまでの日常を一変させた。
「あの日」から一年——
広域に及ぶ被害に,復兴への道のりは长く远い。
だが着実に,その歩みが始まっている。当社は,発灾时から復旧活动に従事してきた。
応急復旧工事から本格復旧工事,がれきの処理に福岛第一原子力発电所への対応。
现在も多くの社员が奋闘を続ける。
その根底にあるのは,建设业の一员として,国土を守る责务を果たし,復兴の一翼を担っていくという使命感。
今月の特集では,当社が取り组むプロジェクトを通じ,復兴に向けて尽力する人々の姿を伝える。

灾害廃弃物処理业务(石巻ブロック)
史上最大规模の被害をもたらした东日本大震灾。各种インフラが寸断され,ガソリンなどの物资も不足するなか,当社は多くの復旧工事に対応してきた。东北?関东?东京土木?东京建筑?横浜各支店が迅速に対応し,建筑物や土木构造物などの被灾调査を行った。特に被害が大きかった东北支店では,全ての施工中のプロジェクトと过去30年まで遡った施工物件,要请を受けた案件の被灾调査を実施している。その后,调査の结果を踏まえて建筑物や道路,鉄道などの応急復旧工事に従事した。この间,本社?各支店から救援物资が届けられ,多数の技术者が応援に駆け付けた。日本建设业连合会を通じ,救援物资や復旧用资机材の调达?运搬,役务の提供も行った。
復旧にひとつの区切りがついたのは,震灾から50日目となる4月29日。宫城県はこの日を「復兴キックオフデー」とすることを提唱した。大型连休の初日であり,东北楽天ゴールデンイーグルスとベガルタ仙台の本拠地初戦が行われるためだ。交通インフラや商业施设などもここに照準を合わせて復旧を急いだ。当社も东北新干线や东北自动车道,商业施设,スタジアムなどの復旧工事に従事。一日も早い復旧をめざし,昼夜问わずの突贯工事となった。「復兴キックオフデー」当日は,各地で多彩なイベントが行われ,仙台を中心とした街は活気を取り戻す。ここから,工事は応急復旧工事から本格復旧工事へとシフトしていく。
一方,津波で被害を受けた沿岸部では,復旧が进まず,沉下した地盘は大雨や大潮で冠水し,住民を悩ませた。がれきの撤去は进まず,仮设住宅の着工がやっと本格化した顷だった。沿岸部がれき処理の试金石として注目を集めた釜石市のがれき処理施行事业「灾害廃弃物処理事业(试行)」が公告されたのが7月12日。当社も闯痴の构成员として参加している。9月16日には,最大规模となる石巻地区の事业を9社闯痴で契约した。宫古地区では1月20日に选别设备の稼働を开始している。
福岛第一原子力発电所では,発灾当初から悬命の作业が続く。工事を担当する东京土木?建筑両支店では,全国から社员が集结し作业にあたっており,社员の献身的な活动が大きな力となっている。现在では,除染事业も始まっている。
今后被灾地では,がれきの処理が进み,沉下した地盘のかさ上げや造成,インフラ整备,防灾事业などと続いていく。復兴には,地域产业に根付いた復兴计画が必要になり,民间公司が再生することで雇用が守られて復兴が进む。当社は,総力を挙げて復兴の一翼を担っていく。


