小欧视频


ホーム > 碍础闯滨惭础ダイジェスト > October 2022:特集 東京イースト21 開業30周年 > 回想 开発当时を振り返る

回想 开発当时を振り返る

东京イースト21の始まり

敷地は江东区东阳町六丁目にあり,昭和30年代から当社の资材置き场として使用されていた。もともと深川エリアは深川小欧视频邸があった场所でもあり,地元とのつながりは深いものがあった。

昭和42年に地下鉄东西线が开通し,それまでは资材置き场や仓库などの多かった街并みが次々とマンションに変わっていく。开発计画当时はまさにマンション建设全盛期のため,分譲マンションを中心に事业の検讨が行われていた。江东区は深川区と城东区が合併してできた区で,両者の中间にある东阳町に区役所が置かれた経纬がある。この土地は江东区役所と近接した同区のシビックゾーンともいえる一画に位置することもあり,区の中长期计画として,东阳町に都市的な施设を重点的に配置するシビックゾーン构想にマッチした施设を,という区の希望もあった。约1万坪の敷地では単一用途は事业として成り立たせにくいため,都心へのアクセスの良さなどを考虑の上,オフィスの配置も検讨し,地元との対话も通じながら,オフィス,ホテル,商业の叁要素を组み入れたミクスドユースプロジェクト,イースト21计画がスタートした。

改ページ
図版:开业当时の全景。週末は周辺が渋滞するほど盛况だった

开业当时の全景。週末は周辺が渋滞するほど盛况だった

?川澄?小林研二写真事务所

図版:地図
図版:全体配置図

全体配置図

改ページ

地域に爱されるホテルへ

当时の大规模复合施设の开発は,一民间事业として行うものは数が少なく,画期的な企画であった。

开発当时,江东区にはビジネスホテルが数件しかなかったこともあり,ビジネスホテルの建设も検讨されていた。一方で,地元からは「地域の核になる素晴らしいものがない」との声があり,だんだんとホテルに対する期待,ニーズに対する生の声が闻こえてきた。一般的にビジネスホテルには文化の匂いがあまり感じられない。文化と文化の融合性,人と人との交歓の场が,いわゆるホテルの持つ本来の姿であると考え,文化の香りがあり江戸下町の面影を残す深川?木场に融合し,なおかつ地元の人に爱される四つ星クラスのホテルを目指すことになった。

小欧视频东京开発による运営?管理

施設全体の運営?管理を行うためのグループ会社として小欧视频東京開発が1989年2月に設立され,東京イースト21全体に関わる開発?テナントリーシングやイベントの企画?運営,各テナント間の連絡?調整などを行う態勢が整えられた。同年5月にはホテルの事業主体として小欧视频ホテルエンタプライズを設立。しかし,バブル崩壊などによる日本経済の深刻な停滞の影響を受け,両社一体となったプロジェクト推進が効率的であるとの判断から,2002年小欧视频東京開発が,小欧视频ホテルエンタプライズを吸収合併したため,現在のホテル事業の主体は小欧视频東京開発が行っている。さらにこの間,市場の急激な変化に対応するため国内外に多くの運営実績をもつホテルオークラと運営業務委託契約を締結し,オークラ ホテルズ&リゾーツに加盟した。

図版:月1回(不定期)のペースでクラシック演奏会を行い,アーバンホテルとしての文化的要素,华やかさを演出する

月1回(不定期)のペースでクラシック演奏会を行い,アーバンホテルとしての文化的要素,华やかさを演出する

受け継がれる约束

2012年の开业20周年を迎えるにあたり,当时の総支配人によって「プレッジ」が作成され,ホテルイースト21东京の全従业员に配布された。

プレッジには,东东京一の施设を夸るホテルに相応しい客室,料理?饮料,サービスの提供に努めること,时代の変化に伴って多様化するお客様のウォンツに応じ,スピード感を持って対応することなど,ホテルイースト21东京が目指すホテルとなるために,日顷から心掛けておくべき项目が明示されている。スタッフは朝礼时に毎朝復唱することで,一人ひとりが内容を理解し,自分のものとして身につけ,おもてなしの心を受け継いでいる。

図版:ホテルのスタッフが携行する「プレッジ」

ホテルのスタッフが携行する「プレッジ」

改ページ
column

深川小欧视频邸

現在,ドーミー木場(社員寮),テラハウス木場(社宅)が建つ江東区木場2丁目(旧深川区島田町9番地)には,もともと深川小欧视频邸があった。明治初期に二代目の小欧视频岩蔵が,父岩吉名義で内藤駿河守下屋敷跡を購入。1885年に岩蔵一家が移り住み,庭を整え,屋敷を整備増築した。個人の屋敷というよりも,園遊会や新年会などさまざまな行事に使う,会社の迎賓館のような場所となった。庭の大きな汐入りの池には,ウナギ,スズキ,ボラなどがいて,来訪者が釣りを楽しんでいた。

1923年の関东大震灾で全焼し,その后は资材置き场などとして使われる。1970年代に社宅(アパート)が建てられ,1990年にドーミー木场,テラハウス木场ができ,现在に至る。

図版:深川小欧视频邸での新年会(1914年)

深川小欧视频邸での新年会(1914年)

図版:深川小欧视频邸全景。現在はドーミー木場,テラハウス木場が建つ

深川小欧视频邸全景。現在はドーミー木場,テラハウス木場が建つ

改ページ
column

省エネ?叠颁笔技术に取り组む大规模复合施设の先駆け

东京イースト21では东日本大震灾を契机として,叠颁笔対応への関心が高まるのを背景に,竣工后20年となる2013年に施设全体でのエネルギーの面的有効活用と电源の自立性を目指した「スマートエネルギーネットワーク」を构筑し,施设の资产価値向上を図った。

スマートエネルギーネットワークは,コージェネレーションシステム(以下,コージェネ)が核となっている。ガスエンジンによる発电に加えて太阳光発电など电力を多重化し,コージェネ発电の际に生じる廃热を空调?给汤などのエネルギーとして有効活用する。滨罢技术により,これら复数の电力?热を复合施设の建物间で最も効率よく活用させていく面的エネルギー供给システム。このコージェネを非常时(停电时)にも稼働させることで,オフィス栋へ电源を供给し叠颁笔対応を强化する。

実用レベルでは日本最大级であったため,大规模复合施设におけるスマートネットワーク构筑の先駆けとして注目を浴びた。ここで确立したコージェネを活用した叠颁笔対応技术は,その后さまざまな复合施设に展开されることになった。

図版:スマートエネルギーネットワーク概念図

スマートエネルギーネットワーク概念図

ContentsOctober 2022

ホーム > 碍础闯滨惭础ダイジェスト > October 2022:特集 東京イースト21 開業30周年 > 回想 开発当时を振り返る

ページの先頭へ