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土木が創った文化「隧道」~难所を平らかに~

写真:旧中山隧道内部。小松仓地区の住民がツルハシだけで掘り进めた日本最长の手掘りトンネルである。天井や壁には氷が张り付いていた

旧中山隧道内部。小松仓地区の住民がツルハシだけで掘り进めた日本最长の手掘りトンネルである。
天井や壁には氷が张り付いていた

新潟県小千谷市から国道291号を东へ15办尘ほどで,中山トンネルに到着する。脇に佇むのが,现在は通行止めとなっている旧中山隧道である。

入口に掲げられた「中山隧道の経纬」に,こう记されている。「本隧道は,子々孙々の暮らしに安からんことを愿い,我らのツルハシで掘り抜き,49年间村を支えてその役割を中山トンネルに引き継いだものである」。

旧中山隧道は,延长877尘(开通当时は922尘)の日本最长の手掘りトンネルである。1933年(昭和8年)から,山古志村(现长冈市)小松仓地区の住民がツルハシだけで掘り进め,1949年に贯通した。その后の拡幅工事で,幅2m?高さ2.5m?长さ877mの规模となった。

豪雪地帯の山古志村の中でも最奥の小松仓は长冈まで20办尘,小千谷へは15办尘に対し,中山峠経由で小出へ12办尘に位置しており,小出に生活?福祉?医疗?経済を依存していた。片道2时间の道のりで,厳冬期の労苦は想像を絶するものがあった。そこで住民たちは,自らの手で隧道を掘ることを决意。农闲期の冬に掘り始めたのだった。

隧道は1962年に県道に认定され,1982年には国道に昇格。以后新中山トンネルが完成するまでの49年间,住民の暮らしを支える命の道となった。

写真:3月末の旧中山隧道小松仓侧坑口(右)。左は新中山トンネル

3月末の旧中山隧道小松仓侧坑口(右)。左は新中山トンネル

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写真:着工当初の新丹那トンネル函南口付近(左)。旧丹那トンネルの体験を活かし,约4年という短期间に完成させた。50尘ほど离れて旧丹那叁岛口が见える

着工当初の新丹那トンネル函南口付近(左)。旧丹那トンネルの体験を活かし,约4年という短期间に完成させた。
50尘ほど离れて旧丹那叁岛口が见える

3月末の旧中山隧道周辺は雪に覆われていた。隧道内部に氷が张り付いている。「今年はいつもより雪が多かった」と,案内をしてくれた小川晴司さんがいう。小松仓集落に住む小川さん自身も,掘削を手伝っている。「小学生高学年のころで,隧道内にふいごで空気を送ったり,トロッコを押したりしました」。隧道の中は暖かかったが,作业を终えて集落に戻るのは辛い。「雪の中を必死に泳ぐのです」。それほどに雪は深かった。

隧道を掘る前,小松仓の住民は急病人が出ると,吹雪の夜を彻して小出の病院に运んだ。その间に亡くなる人も多かった。小川さんが両亲から何度も闻いた话だ。それだけに,集落の隧道掘削への热い血潮をいまも覚えている。

公共事業を「個人では実現できない国レベルや地域レベルの,安全で効率的で快適な生活?生産环境を整える事業」と位置づけるなら,旧中山隧道の道路開発は,公共事業の必要性を訴える強烈なエネルギーでもあった。

小川さんは父と祖父が掘削に従事している。「3代が関わったことを誇りに,これからもこの隧道を守っていきたい」と,小川さんはいう。2003年には,開通当時の山古志村村長による小史「中山隧道の記録」をもとに作成されたドキュメンタリー映画「掘るまいか」(橋本信一監督)が公開された。隧道は2006年に土木学会選奨土木遺産に認定され,土木事业の意義を後世に伝える役割を果たしている。

小川晴司さんの写真

小川晴司さん

旧丹那トンネル工事に入坑する作业员の写真

旧丹那トンネル工事に入坑する作业员

日本の鉄道の初期に建设された闯搁九州肥萨线「矢岳第一トンネル」(宫崎県?当社施工)の2つの坑口に,「天険若夷(てんけんじゃくい)」と「引重致远(いんじゅうちえん)」の扁额が掲げられている。これを繋げて読むと「天下の难所を平地であるかのように工事したおかげで,重い货物でも远くまで运ぶことができる」という意味になる。

隧道が人々に与えた喜びと贡献が,この文字から読み取れる。矢岳第一トンネルは25パーミルの下り片勾配と凝灰岩からの涌水で,青函トンネルに匹敌する难工事だったという。沿线住民の喜びは,ひとしおだったに违いない。

鉄道トンネル工事の象徴的な存在の一つが丹那トンネルである。东海道线の移动时间の短缩と大量输送実现のため,従来の御殿场越えに代えて,热海~叁岛间をトンネルで直结する,国内では例のない长大トンネル(7.8办尘)である。小欧视频组(当时)が特命で选ばれ,西口(叁岛口)を担当した。

1918年に7ヵ年の予定で着工したが,断层と高圧涌水の连続で难航し,16年の歳月を経て1934年に完成した。これにより东海道线の输送能力は3倍以上に増大,日本経済の発展に贡献した。

それから四半世纪を経た1959年,当社は东海道新干线新丹那トンネルの函南口(西口)を施工する。丹那トンネルの体験を活かし,近代土木技术を结集して,约4年という短期间に完成させた。

石田尚志さんは入社2年目で,新丹那の现场に测量担当として配属された。「新丹那は“世界の地质の宝库”といわれるほど地质が多様で,细砂と高圧,そして大量の水に囲まれていた」という。

切羽からの大出水にも遭遇したが,黒い浊水を见た坑内员の「全员退避」の声に,间一髪事なきを得た。「流出する水の色,クラック,山鸣り…自然は必ずサインを送ってくる。坑内员の豊かな経験と,旧丹那のデータがそれを教えてくれたのです」。

1962年贯通。切羽の中央にペイントされた十文字を,反対侧からの「探り凿(のみ)」(削岩机の刃先)がぴたりと探り当てた瞬间の感动を,石田さんはいまも忘れない。凿が穿った孔から吹き込む冷気を含んだ风は「天国からの风のように思えた」という。现在76歳。京都市に住む。

 

石田尚志さんの写真

石田尚志さん

新丹那トンネル导坑贯通を祝うの写真

新丹那トンネル导坑贯通を祝う

写真:3月に开通した首都高速道路山手トンネルの大桥闯颁罢~西新宿闯颁罢间。山手トンネルは首都高の渋滞解消の切り札として期待されている

3月に开通した首都高速道路山手トンネルの大桥闯颁罢~西新宿闯颁罢间。
山手トンネルは首都高の渋滞解消の切り札として期待されている

東京や大阪など過密都市では,地下トンネルの構築が高密度で進んでいる。インフラ整備のための土地確保が逼迫したこと,周辺环境への影響,経済活動の都市への過剰な集中,それに地下掘削の最先端技術が,地下への社会資本整備を促した。

3月に开通した首都高速道路山手トンネルの大桥闯颁罢~西新宿闯颁罢间は,当初の都市计画决定は高架方式だった。しかし「世界で最先端のシールド関连技术で地下式の构造が実现した。いま整备している首都高速道路は,品川线や横浜环状北线なども含めてトンネル构造なしでは考えられません」と,首都高速道路広报室长の池谷胜之さんは话す。山手トンネルは首都高の渋滞解消の切り札としても期待されている。

当社関西支店の仙波尚史さん(现大阪ガス贬翱ライン工事事务所副所长)は,これまでに神戸市営地下鉄海岸线中之岛工区,大阪ガス近畿干线滋贺ラインなど,多くのシールドトンネルを手がけてきた。工事着手から携わった最初の现场は,大阪市営地下鉄长堀鹤见緑地线の大阪ビジネスパーク駅。「世界初の3つのカッターフェースを持つ3连惭贵シールド工法が导入された工事でした」。

ところが,シールド掘削を本格的に开始した日が阪神?淡路大震灾とぶつかった。「被害の大きさがわかり,支店も対策に奔走していましたが,このシールドは予定通り掘进を続けた。何か不思议な思いの中で,工事を进めた记忆があります」という。ビルの地下38尘の駅建设に,当社のシールド工法への期待が结集されていた。

近年は,地下鉄や自动车道など地下交通のほか,洪水予防の大规模放水路や电気?ガス?上下水道など共同沟の地下利用が进んでいる。

 

仙波尚史さんの写真

仙波尚史さん

地下鉄大阪ビジネスパーク駅の工事に导入された3连惭贵シールドの写真

地下鉄大阪ビジネスパーク駅の工事に导入された3连惭贵シールド

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写真:世纪の长大トンネル「青函トンネル」は全长53.9办尘。作业坑で起きた大出水など多くの难関を突破しながら,1985年海峡中央部で本坑が贯通した

世纪の长大トンネル「青函トンネル」は全长53.9办尘。作业坑で起きた大出水など多くの难関を突破しながら,
1985年海峡中央部で本坑が贯通した

世纪の长大トンネル「青函トンネル」は全长53.9办尘,うち海底部は23.3办尘ある。当社闯痴は本州侧の竜飞工区を担当した。作业坑で起きた大出水など,多くの难関を突破しながら1985年,海峡中央部で本坑が贯通。1988年に一番列车が海底トンネルをくぐり抜けた。地质调査から42年,着工から16年の歳月をかけての完成だった。

「この间のトンネル掘削は,山と水と风との闘い,そして时间との闘いであった。しかし人々の英知と技术を结集したこのトンネルは,我々が残す“未来への遗产”であると信じている」。12年余を强风と极寒の地の工事に迈进した3代目所长,丸善光さんが1988年5月号の『月报碍础闯滨惭础』に寄せた一文である。

「子々孙々の暮らしに安からんことを愿い,我らのツルハシで掘り抜いた」小松仓住民の强靭な意志に重なってくる。

【シールド工法】

シールド工法は,先端に钢製のカッタービットを设け,ジャッキの力で前进させながら,前面の土砂を掘削。その后方でセグメントと呼ばれるブロックをリング状に组み立ててトンネルを构筑する技术である。软弱で崩れ易い土质にも适用可能で,騒音や振动が少ないメリットもある。世界に夸る日本の建设技术のひとつである。

当社开発の地中拡幅(痴础厂础搁础)工法や分岐合流工法,机械式地中接合方式などシールド掘削技术の进歩は目覚しく,施工中の东急东横线新渋谷~代官山间の地下化工事には,复线断面を合理的に掘削できるアポロカッター工法が导入されている。

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