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世界の橋なみ 最終回 大阪湾――世界に夸る长大桥の展示场

写真:明石海峡大桥(1998年完成):世界最长の吊桥,架设中に兵库県南部地震に遭遇し,地盘が动いて中央径间が1尘长くなり,1991尘になった

明石海峡大桥(1998年完成):世界最长の吊桥,架设中に兵库県南部地震に遭遇し,地盘が动いて中央径间が1尘长くなり,1991尘になった

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3つの世界一と3つの日本一

大阪湾は「长大桥の宝库」といえるだろう。これほどさまざまな形式の长大桥が并んでいる地域は世界でも珍しい。

大阪府咲洲(さきしま)庁舎の展望台からは,3つの世界一と3つの日本一の桥を见ることができる。天気がよければ西のかなたに世界一の吊桥,明石海峡大桥が望める。北に目を転じると,世界最大の浮体式旋回桥の梦舞(ゆめまい)大桥,その少し右に世界でも珍しい本格的な1本ケーブルの吊桥の此花(このはな)大桥が见える。これが3つの世界一である。

东方向には大阪港の中心部が広がり,眼下に,日本一,世界第3位の径间长をもつトラス桥の港大桥がある。少し向こうに日本最长径间の桁桥,なみはや大桥があり,その右方向,港の奥まったところに日本最长のアーチ桥,新木津川大桥が横たわっている。これら3つが日本一の桥である。

写真:梦舞大桥(2002年完成):中央径间280尘のアーチ桥が水に浮かんでいて,大阪港の主航路に支障が生じたとき,回転させて航路が开けられるようになっている

梦舞大桥(2002年完成):中央径间280尘のアーチ桥が水に浮かんでいて,大阪港の主航路に支障が生じたとき,回転させて航路が开けられるようになっている

写真:此花大桥(1990年完成):主桥梁部は3径间连続の自碇式吊桥で,中央径间は300尘。この形式としては世界最大の规模をもつ

此花大桥(1990年完成):主桥梁部は3径间连続の自碇式吊桥で,中央径间は300尘。この形式としては世界最大の规模をもつ

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阪神高速湾岸线

大阪湾の沿岸部では戦後の埋立て造成によって新しいベイエリアが生まれた。湾岸地域の発展のためには道路網の整備は欠かせない。その中心軸を形成するのが阪神高速湾岸线である。湾岸線と直接,間接に連携を持ち,新しい造成地や既成市街地を有機的に結ぶ多くの長大橋が架けられている。

これらの长大桥は1960年代后半から建设が进められ,およそ30年间に次々と完成した。

写真:港大桥(1974年完成):主桥梁部は中央径间510尘,全长980尘の3径间ゲルバートラス桥。この形式では日本一,世界第3位の径间长をもつ

港大桥(1974年完成):主桥梁部は中央径间510尘,全长980尘の3径间ゲルバートラス桥。この形式では日本一,世界第3位の径间长をもつ

写真:なみはや大桥(1995年完成):主桥梁部は3径间连続钢床版箱桁。尻无川の河口を渡る中央径间の250尘は日本最长である

なみはや大桥(1995年完成):主桥梁部は3径间连続钢床版箱桁。尻无川の河口を渡る中央径间の250尘は日本最长である

写真:新木津川大桥(1994年完成):主桥梁部は3径间のバランスドアーチ桥。木津川を一跨ぎする中央径间305尘は日本最长のアーチ

新木津川大桥(1994年完成):主桥梁部は3径间のバランスドアーチ桥。木津川を一跨ぎする中央径间305尘は日本最长のアーチ

多彩な形式の长大桥

神戸,大阪港冲の土地造成は戦后1950年代后半から再开され,1960年代に入ると神戸では摩耶埠头,大阪では南港南地区の土地利用が始まった。それにともなって架けられた斜张桥の摩耶大桥(1966年),钢床版桁の南港大桥(1969年)の完成が,长大桥时代の幕を开けたといってもよい。

1970年代に入ると,大阪南港や神戸ポートアイランドなどの造成工事が本格化し,人工岛へ渡る桥として,神戸大桥(1970年)や六甲大桥(1976年)などが架けられた。

1974年には大阪港の中心部に港大桥が完成した。これは湾岸线の建设の始まりを意味するものでもあった。大阪港のメイン航路を跨ぐため中央部で水面上约50尘,幅约300尘の空间を确保することが求められ,中央径间が510尘のトラス桥が採用された。

港大桥から南へ延びる湾岸线が堺市域まで延长されたが,その一环となる大和川桥梁(1981年)は,中央径间355尘の当时日本最长の斜张桥であった。

写真:摩耶大桥(1966年完成):神戸ハーバーハイウェイの一环。我が国では先駆的な斜张桥。最大径间は139尘,南侧の第2摩耶大桥(1975年完成)は中央径间210尘,当时日本最长の桁桥

摩耶大桥(1966年完成):神戸ハーバーハイウェイの一环。我が国では先駆的な斜张桥。最大径间は139尘,南侧の第2摩耶大桥(1975年完成)は中央径间210尘,当时日本最长の桁桥

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写真:神戸大桥(1970年完成):神戸のポートアイランドへの玄関口。中央径间217尘のバランスドアーチ桥

神戸大桥(1970年完成):神戸のポートアイランドへの玄関口。中央径间217尘のバランスドアーチ桥

湾岸线の延伸と明石海峡大桥

1980年代末から1990年代初めにかけて湾岸线を中心に新しい长大桥が次々と完成した。

大阪港域では天保山大桥(1988年)が中央径间350尘の斜张桥として完成したのをはじめ,淀川の河口部にも次々と长大桥が架けられていった。神戸方面への西伸部では中央径间が485尘に达する斜张桥,东神戸大桥(1992年)が完成,斜张桥の适用スパンが大幅に拡大された。また六甲アイランド桥(1992年)や西宫港大桥(1994年)では径间200尘を超える长大アーチが採用されている。

一方,南伸部では1994年の関西国际空港の开港に向けて,连络桥に接続する湾岸线の建设が加速された。そのなかでいずれも中央径间が250尘を超えるアーチ桥である新浜寺大桥(1991年)と岸和田大桥(1993年)が架けられた。そして空港连络桥は全长が3,750尘,上段が道路,下段が鉄道になっており,1991年に一部の供用が开始されている。

1998年には20世纪最后のビッグプロジェクトといえる明石海峡大桥が开通した。中央径间1,991尘の世界最长の吊桥である。

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写真:东神戸大桥(1992年完成):湾岸线西伸部を饰る斜张桥。中央径间は485尘に达する

东神戸大桥(1992年完成):湾岸线西伸部を饰る斜张桥。中央径间は485尘に达する

写真:新浜寺大桥(1991年完成):湾岸线南伸部の一环となる径间长254尘のアーチ桥

新浜寺大桥(1991年完成):湾岸线南伸部の一环となる径间长254尘のアーチ桥

写真:関西国际空港连络桥(1994年全面开通):全长3,750尘,大部分はトラス构造で,上段は道路,下段は鉄道に利用されている

関西国际空港连络桥(1994年全面开通):全长3,750尘,大部分はトラス构造で,上段は道路,下段は鉄道に利用されている

新人工岛への架桥

大阪では廃弃物の処分场を海上に求めざるをえない。大阪港の舞洲(まいしま),梦洲(ゆめしま)ではその一部がゴミ焼却灰,建设残土,浚渫(しゅんせつ)土などの処分地として利用されている。

それらの人工岛を结ぶ桥として此花大桥(1990年)と梦舞大桥(2002年)が架けられた。此花大桥の主桥梁部は吊桥だが,通常の吊桥のように2本のケーブルを地盘に碇着させる形式ではなく,1本ケーブルが桁に碇着された自碇式になっている。梦舞大桥では巨大なアーチ桥が水に浮いていて,非常时には回転させて航路を开けることができるようになっている。

阪神淡路大震灾以降,ポートアイランド冲の人工岛の造成が进められ,2006年に神戸空港が开港した。その空港岛は长さ1,000尘强の桥で连络されている。

大阪湾にはあらゆる形式の近代桥が建ち并び,世界トップレベルの桥梁技术の展示场になっている。

地図:大阪の主な橋

松村 博 Hiroshi Matsumura
元大阪市都市工学情報センター理事長。1944年生まれ。京都大学大学院修了(土木工学専攻)。大阪市役所勤務,橋梁課での設計担当に神崎橋,川崎橋,此花大橋など。著書に『日本百名橋』『論考 江戸の橋』(小欧视频出版会),『京の橋ものがたり』『大阪の橋』(松籟社)など。

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